2020年2月18日(火)に、バリント・グループワークを開催しました。
今回は、心理師による症例報告でした。
毎回、多様な職種の方にお集まりいただいています。今回は、医師、鍼灸師、柔道整復師、カウンセラー、ソーシャルワーカー音楽療法を勉強中の方、医療福祉での仕事を目指している方などが参加されました。
以下に、今回の学びのいくつかを記します。
見た目の印象と検査結果が矛盾するとき
治療者としての経験が長くなるにつれて、患者さんの姿を見たときに、病状をある程度推測できるようになります。本症例の患者さん(Aさん)の場合、表情や顔色、体格、姿勢、話し方などの印象から、低血圧、低血糖、血行動態不全が疑われました。ご本人も、疲労や痛みを主訴としていました。しかし、実際に血行動態を調べてみると、検査結果は非常に良好でした。
このように、印象と検査結果が大きく矛盾するときは、単純に一つの検査結果を鵜呑みにするのではなく、既往歴や他の検査結果も踏まえながら、十分な考察が必要です。
Aさんの場合は、詳細に検討していった結果、背景に別の病気が隠れていることが分かってきました。
身体因性偽神経症
Aさんは、抑うつ症状や全身の痛みに対して、長期に渡って、向精神薬や痛み止めの薬が多種類、多量に処方されてきました。
しかし、甲状腺機能亢進症があり、十分に治療されぬまま放置されていたことが分かりました。その病気によって身体が過活動状態におかれたため、疲労や痛み、抑うつが生じていたのです。
このようなケースでは、痛みや抑うつは二次的な症状なので、まずしなければならないことは、おおもとにある甲状腺機能亢進症の治療になります。しかしAさんは、表面的な抑うつ症状だけをもってうつ病と診断され、向精神薬が処方されてきました。
このように、身体的な病気が見過ごされ、表層に現れた心身の症状だけを見てうつ病などの精神疾患と誤診されてしまう例が後をたたないそうです。このことを、ヴィクトール・フランクル博士は「身体因性偽神経症」と呼んで、警鐘を鳴らしています。
医療用麻薬の問題
Aさんにとっては痛み止めの薬も対処療法にすぎず、根本治癒にはつながりません。にもかかわらず、漫然と痛み止めが処方されてきました。そしてその中には、医療用麻薬も含まれていました。その結果、薬をやめようとすると離脱症状が生じる薬物依存の状態になってしまっていました。
永田医師によると、医療用麻薬もいわゆる麻薬も成分は変わらないそうです。医療用麻薬によって一時的に患者さんは痛みから解放されますが、安易な処方はかえって薬物依存状態を引き起こし、後々患者さんに大きな問題を背負わせることになります。
PEG(患者評価表)の活用
バリント・グループワークでは、患者さんを全人的に理解するために、下のようなPEG(患者評価表)を用いています。
現在の問題 | 潜在した問題 | 現在の資源 | 潜在した資源 | |
身体 | ||||
心理 | ||||
社会 | ||||
実存 |
この表に患者さんの情報を記入することで、今何がわかっていて、何がわかっていないのかが視覚的に明確になります。また、全体を見渡すうちに、繰り返し表現されているキーワードが見えてきて、問題の核心が浮かびあがってきたり、空白を通して、今まで見過ごされてきた重要なテーマに気づくことがあります。
Aさんの場合は、生い立ちの中で、身近な人に理解されず、認められずにきたこと。立派な自分であろうと無理をして、何度も失敗を繰り返していること。人前では気丈にふるまっているけれど、心の奥底では誰かにべったり頼りたいという満たされない強い思いを抱えていること。などが、PEGを通して見えてきました。
治療関係は擬態恋愛関係?
誰かに依存したいという気持ちを抱えている患者さんを前に、治療者はどのような関係を築いていったらいいのでしょう?
そもそも治療関係は、擬態恋愛関係という側面を持っています。その疑似的なロールプレイを通して、互いに人間的に成長していけるかが重要です。患者さんが自己成長を遂げ、自立していければ、その治療は成功といえます。しかし一歩間違えると、成長ではなく、退行を招く結果になりかねません。
Aさんの場合は、まだ治療関係の基盤となる信頼関係を結べていない段階なので、じっくり時間をかけて信頼関係を築くことが当面の目標になります。治療者は、Aさんに信頼してもらえるように、誠意を見せていかなければなりません。
以上です。
ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。
次回4月21日(火)
時間:19~21時
場所:(公財)国際全人医療研究所 多目的ルーム
参加者募集中(要事前申込み)
※3月17日(火)のバリント・グループワークは、新型コロナウィルス流行を考慮し、開催を中止いたします。