2020年6月16日(火)に、バリント・グループワークを開催しました。
今回は、心理カウンセラーによる症例報告でした。
毎回、多様な職種の方にお集まりいただいています。今回は、医師、薬剤師、鍼灸師、心理士、ソーシャルワーカー、音楽療法を勉強中の方、医療・福祉の仕事を目指している方などが参加されました。
以下に、今回の学びのいくつかを記します。
病気への不安を止められないのは何故か?
今回は、60代女性の患者さん(Aさん)の症例です。
手足や腰にじりじりとした痛みを訴えて受診したところ、慢性膵炎・線維筋痛症・起立性低血圧・反応性低血糖と診断され、治療を始めました。
並行してカウンセリングを行う中で、Aさんは、様々なことに対する抑えきれない不安により、精神状態がジェットコースターのように一喜一憂してしまう様子が見られました。
『何故、人は不安を抱くのか』が今回の論点となりました。
PEG(患者評価表)の活用によって見えてくるもの
Aさんの状態をまとめたPEG(患者評価表)です。
現状での問題 | 潜在した問題 | 現在での資源 |
潜在した資源 |
|
身体 | じりじりとした痛み |
夫に合わせた 無理な生活 |
食事療法による 痛みの改善 |
治療に前向き |
心理 |
病気への不安 |
夫への不満 過去へのとらわれ |
自立したい |
子どもが好き |
社会 | 経済的問題 | 社会的交流不足 |
親の支援がある |
近隣との交流 |
実存 | 自立できない | 社会的経験不足 |
学習意欲 |
会話が好き |
PEGにより、問題と資源が可視化され、患者さんが抱える悩みの原因や、治療の方向性が見えてきます。
Aさんは、幼い頃から、身勝手な父親とその父親に冷たい母親の間で、強いストレスを抱えて育ちました。
両親(特に父親)のことは好きだけれど認められないアンビバレントな気持ちを、激しく吐露することがありました。
そんなAさんは、理想の家庭を作れると期待して、今の夫と結婚しましたが、思い通りにはなりませんでした。
今では、自分のことを大事にしてくれない夫から自立したいと思うものの、他人へ依存せずにいられない自己不全感が、不安という形で表出されていると考えられました。
また、幼少期の両親の関係と重なり、父親の代わりを夫に求めているようでもありました。
身体的問題と治療
Aさんは様々な身体症状を訴えていました。
痛みに加え、手の痺れ、胸部痛、悪夢など、症状が生じるたびにネットなどで調べ、悪い情報にとらわれ不安感を募らせていました。
一度悪い内容を信じてしまうと、脳裏から取り払うことができなくなってしまうことも悩みの種でした。
そんなAさんでしたが、主治医の元で、低血圧、低血糖の治療を行ったところ、身体的苦痛が軽減しました。食事療法など自ら努力したことも奏効し、治療に希望を持って臨むようになりました。
なお、Aさんが訴える症状は、低血糖脳症や高齢による脳の変性疾患が原因となっている可能性も考えられ、注意深く見守る必要があることが指摘されました。
不安を乗り越えるために 〜急いで結論を求めてしまう弊害〜
カウンセラーは、Aさんの対応に行き詰まりを感じていましたが、参加者から次の意見をいただきました。
カウンセラーが受容的に接していく中で、両親や子供時代の自分自身に対して心情の変化が見られ、過去に対して心の整理がついてきているのではないかとのことです。
以上から今後のカウンセリングで意識したい点を上げます。
不安を乗り越えるために、
- 過去の自分を受容する。
- 現在の自分のこと、周りのことを理解した上で、多様な考え方の練習をする。
- 自分で決める(自己決定による充実感)、失敗しても自分で引き受ける、資源を活用して行動に移す(自律性・責任性を伴った自由性の駆使)。
不安は、対象がはっきりしないものに抱きます。(恐怖には対象があります。)
Aさんの不安も、様々な要因が絡み合っていましたが、治療者との共同作業で、ひとつひとつ解消されてきていることがわかりました。PEGにまとめたように、目に見えなかったものを具体化して、患者さん自身がひとつひとつに向き合い、考え、行動に移せるように支えることが治療者の役割であることを再確認しました。